「あなたの原動力はなに？」
マタイによる福音書 20章 20〜28節
北村　智史

　標記の聖書個所(マタイによる福音書20：20〜28)にはどんなことが書かれてあったでしょうか。
　 イエス様が「これから私は十字架につけられて殺されてしまいますよ。しかし、三日目に復活します」と、御自分の御受難と復活についてお話になった時のことです。イエス様の弟子であるヤコブとヨハネを連れて、二人のお母さんがイエス様のところに来て言いました。「ねえねえ、イエス様。イエス様はこれから王様になるんでしょ。だったら私の息子たちを右大臣と左大臣にしてください」。これを聞いた他の弟子たちは非常に怒りました。「そんな抜け駆けして、ずるいぞ。私たちだって偉くなりたいのに」。
　 そんな弟子たちの様子を見ていたイエス様は言いました。「私は皆が思っているような王様になるために、そして、皆に仕えてもらうためにこの世にやって来たのではないんですよ。私は皆の救いのために、十字架で自分の命を犠牲にするためにやって来たんです。私がこのように人に仕えられるためではなく、仕えるためにこの世へとやって来たんだから、私に従うあなたたちもこの世の中で仕える者になりなさい。この世では支配者が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっているけれども、あなたたちはそんな風ではいけませんよ。一番偉くなりたい者は皆に仕える者になり、一番上になりたい者は、皆の僕になりなさい」。
　 これが標記の聖書個所です。結局、イエス様の弟子たちはイエス様の御心を理解せず、皆心の中で「偉くなりたい。お金持ちになりたい。そして、いい思いをしたい」と考えていたのでした。こうした欲望がイエス様に従う原動力になっていたのです。「それではいけないよ」。イエス様はそう言われます。標記の聖書個所のこのお話を読んで、私はマザー・テレサにまつわるあるエピソードを思い出しました。
　 イギリスのエリザベス女王がかつてインドを訪問した時に、マザー・テレサの仕事を見学した後にこう呟いたそうです。「100万ポンドやると言われても、私にはできない」。すると、マザー・テレサがすかさず答えました。「私にも、できません」。
　 この二人、「まったく同感」と言っているようで、実は随分違った話をしていると私は思います。エリザベス女王はどれほど多額のお金を貰っても、私にはこのような仕事はできないと驚きのため息をついたのに対し、マザー・テレサはお金のためだったら、お金というのが原動力だったら、私にもこのような仕事はできないのだと言っているのです。
　 マザー・テレサのしていた仕事と言えば、ハンセン病患者、エイズ患者の世話であり、孤児の養育です。さらに、いわゆる「行き倒れ」の病人たちに手厚い看護を施し、不遇と失意のうちに過ごした人々の一生を安らかに閉じさせる仕事でもありました。それらはいずれも、自ら進んでする人の少ない、大変な仕事です。お金という欲望が原動力であれば決してできないこの仕事を、彼女は違うものを原動力に行っていたのでした。
　 このエピソードをあるご本の中で紹介しておられる渡辺和子さんという人はこのように書いています。「この世の中には、お金のためなら人をだまし、スリ、強盗はおろか、人殺しも平気でやってのける人たちがいます。それも、食うや食わずの生活で、必要に迫られての行為かと思えば、さにあらず。ただ、もっとお金が欲しい、ぜいたくしたい、遊びたい一心からのこともあるようです。昨今の日本には、『お金さえあればできる』ことが多すぎます。お金は良いものです。私が大学生だった頃、旧軍人の家には現金収入がなく、私は日本育英会の奨学金で学業を続け、さらに家計を助けるためにアルバイトをしていました。学業とアルバイトに明け暮れた私には、楽しい大学時代、クラブ活動などの思い出はありません。お金があれば、新しい洋服が買える。歩く代わりにバスに乗れる。お金があれば、母に好きな菓子を買って帰ってやれる。軍人から転向させられて医学部に入り直した兄に、安心して勉強に専念してもらえる。そんなことを思いながら過ごした大学の年月は、私の一生の中で、お金のないことの哀しさを、身に沁みて感じさせた日々でした。それだけに、お金の持つ価値、ありがたさも知っているつもりの私は、先程のマザー・テレサのエピソードに心打たれるものがあったのです。『マザー・テレサをして、お金抜きに、人の嫌う仕事、報われることの少ない仕事をさせていた原動力とは、いったい何なのだろう』お金さえあればできることの多すぎる今の世にあって、『お金で買えないもの』について、もう少し考えてみないといけないのではないでしょうか。」
　 胸に刺さる言葉です。ひるがえって、皆さんは何を原動力に普段の生活を過ごしているでしょうか。お金や欲望、そうしたものばかりが自分の原動力になっているなら、本当の意味でイエス様に従っていくことはできません。お金で買えるものばかりが追い求められ、そうしたものを手に入れることばかりが幸せとされる世知辛い世の中にあって、お金に代えられない純粋な愛を原動力とした仕事や奉仕をしていきたいと願います。それこそが、「ただ、神の国を求めなさい」、「尽きることのない富を天に積みなさい」と仰られたイエス様のその御言葉に豊かに応えていく道なのでしょう。愛を原動力にして互いに仕え合い、皆で一緒にこの世の中を変えていきたい、そうして、「受けるよりは与える方が幸いである」と仰られたイエス様のその祝福に与っていきたいと願います。