2022年12 月24日(土) クリスマス燭火礼拝・説教要旨
 

「マリアの信仰が問いかけるもの」
ルカによる福音書1章26〜38節
北村 智史

 標記の聖書個所(ルカによる福音書1:26〜38)は、有名な受胎告知の場面です。どのようなことが書かれてあったでしょうか。一つひとつ見ていきましょう。
  ずっと昔、ユダヤの国のナザレという村に、神様を信じる心の優しいお姉さんが住んでいました。お姉さんの名前はマリアと言いました。ある日のこと、マリアのところに天使が来て言いました。「マリアさん、おめでとう。神様があなたに男の子の赤ちゃんをくださいますよ。」マリアはびっくりです。「え、赤ちゃん?そんなこと、ありえません。わたしはまだヨセフさんと結婚してはいませんのに……。」しかし、天使は言いました。「心配しなくてもいいのです。その赤ちゃんは神様のお子様です。そして、神様を信じる人たちを救ってくださるのです。神様にはできないことはありません。」マリアは言いました。「わかりました。どうぞ神様の御心のとおりになさってください。」
  今年はこの受胎告知の場面に見られたマリアの信仰からクリスマスメッセージをお届けしたいと思います。まだヨセフと結婚していないのに、いきなり男の子の赤ちゃんが生まれると告げられたマリアの心の中には、きっと色々な不安がよぎったことでしょう。「え、まさか……」、「そんなことが現実に起きたら、ヨセフはどう思うだろうか?」、「私は色々と誤解されて石打ちの刑になってしまうのではないか?」、次から次へと色々な思いがよぎったに違いありません。けれども、彼女が最終的に言ったのは、「お言葉どおり、この身に成りますように」という言葉でした。彼女は何でもおできになる神様に自らを委ねたのです。
  彼女のこの姿勢は、ロシアとウクライナの間での戦争を目の当たりにしている今の私たちにとって大きなクリスマスメッセージであり、問題提起ではないでしょうか。このことに関連して、「障がいを負う人々・子どもたちと共に歩むネットワーク」代表の中村雄介さんが「共に歩むネットワーク」の機関誌の中で次のような興味深いことを語っておられました。
  「神様は私たち人間に『あしたを想う能力』をお与えくださいました。そのおかげで私たちは、当り前のような顔をして、あした(明日・将来・未来)に会う約束をしたり、集会の予定を立てて準備をしたりしています。このことは、私たち人間生活のなかで、どんなにか心豊かに楽しくしてくれていることでしょう。これこそ、神さまに感謝する大きな恵みの一つです。
  しかし同じこの『あしたを想う能力』が人間の罪なる思いで一転し、人間にとって最大の災厄である『戦争』を始める原因にもなることを私は気がつきました。どこの国の人でも『人が人と殺し合う戦争は大キライで、平和が大スキです』。なのに、どうしてよく戦争が始まるのでしょうか。そのことについて、私は私なりに次のように考えました。
  ……(中略)……私たち人間も生き物として自分自身の体を支えるために先ず食べ物が必要です。太古の昔なら採集狩猟ぐらいで間に合ったかもしれませんが、段々人口が増えてくると、いつも食べ物が不足するのではないかと『あしたを想う能力』が、ただ心配や不安だらけの気分になってしまうのです。人の集まりが家族・集落・村落・民族・国家と大きくなるにつれ、食べ物(経済)をめぐり争う『いくさ』の道具もヤリ・弓矢・カタナ・鉄砲、そして遂には原子爆弾にまでなりました。
  こんどのロシアによるウクライナ侵攻が始まったとき、私たち日本人の多くは初めは『どうして今どき戦争を始めたのか?』とビックリしました。そのうちだんだん理解してきたことは、ロシアの国の指導者の『あしたを想う心の能力』がすっかり不安や恐れに暗く重く色づけられてしまったのだと思ったのです。その不安や恐れの思いから始められてしまうのが、昔からの『いくさ』であり『戦争』であります。」
  中村さんのこの文章を読んでまず思い浮かんだのが、「思い悩むな」というイエス様の御言葉でした。イエス様が私たちにこのようにお教えになったのは、思い悩んで不安や恐れに囚われるところから私たちの「あしたを想う能力」が罪なる思いに変わって来て、戦争や争い、またヘロデの嬰児殺しのような歴史上の悲惨な出来事が引き起こされてくることをご存じだったからかなと思わされました。
  思い悩んで、不安や恐れに囚われると、私たちの「あしたを想う能力」がおかしなことになって来て、そこから色々な罪深い思いが生じます。今回のロシアによるウクライナ侵略に関しては、「あしたの平和のために、今日の戦争をするのだ」という自己矛盾したような主張がロシアの国の指導者の方であったと思いますが、こうした主張などはその典型のように私には思えるのです。
  そのような現実に直面している中、「お言葉どおり、この身に成りますように」と、思い煩い、不安や恐れのすべてを神様に委ねたマリアの信仰は、私たちに大切なことを問いかけているのではないでしょうか。「あしたを想うことは確かに大切なこと。でもそこで思い煩い、不安や恐れに囚われて、おかしなことになっていませんか。思い煩いや不安、恐れはすべて神様にお委ねしなさい。そして、神様の御心が成るようにと祈るところからすべてを始めていきなさい」、受胎告知の場面からマリアが私たちにそう問いかけて諭してくれているように私には感じられるのです。
  マリアが私たちに語るこのクリスマスメッセージが世界中の人々、特に政治に携わる人々の心に届きますように願って止みません。このクリスマス、世界が平和になるように改めて祈りましょう。年末年始も、来年も、神様のお導きのもと、神様の愛と福音とを光り輝かせて、皆で一緒にこの世界を神様の御心に適う世界につくり変えていきたいと願います。

 
 
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