聖霊降臨節第11主日(2016年7月24日)礼拝説教要旨

 

「分かち合う生き方」
(コリントの信徒への手紙一 11章23〜29節)
北村 智史

 皆さんは、「サクラメント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「サクラメント」とは、簡単に言えば教会の最も重要な儀式のことで、プロテスタントでは「聖礼典」、カトリックでは「秘跡」、正教会(オーソドックス・チャーチ)では「聖機密」と言われたりしています。呼び方が違うだけでなく、プロテスタントの場合は、洗礼と聖餐の二つの儀式をサクラメントと見なすのに対して、カトリックや正教会では、洗礼と聖体拝領の他に、幼児洗礼を受けて大きくなってから信仰を公に言い表す堅信と、人が亡くなった時に油を塗る終油、結婚、聖職者を任職する叙階、罪を懺悔する告悔といった七つの儀式をサクラメントと見なしています。こうしたサクラメントの定義について、礼拝学者のジェームズ・ホワイトは、「サクラメントとは、行為と言葉と(往々にして)物を含む一定の『しるし』のことである」と語っています。また、同じく礼拝学者の越川弘英先生も、「それは、神の『見えざる恵み』を私たちに伝える『見える形式』であり、理性と共に感覚をもって味わう礼拝の形であるといえるでしょう」と述べています。こうした定義は、サクラメントそのものを否定する一部のグループを除いて、キリスト教全体に当てはまるサクラメントの包括的な理解であると言っていいように思います。
  ただし、プロテスタントの場合、こうした一般的な定義に加えて、ある行為をサクラメントと認めるためには、イエス・キリストによる命令の言葉が必要であると主張しました。そのため、聖書の中でそうした言葉を確認することができる洗礼と聖餐だけがサクラメントとして残されることになったのです。洗礼の場合、マタイによる福音書の末尾に記されたいわゆる「大宣教命令」の中にある、「父と子と聖霊の名によって洗礼((バプテスマ))を授け」(28:19)がその言葉に当たります。そして、聖餐の場合は、ルカによる福音書22:19やコリントの信徒への手紙一11:24、25に見られる、「最後の晩餐」の場面でイエス様が語ったとされる「わたしの記念としてこのように行いなさい」という言葉がそれに当たります。
奇しくも、本日はイエス様のこの言葉が含まれているコリントの信徒への手紙一11:23〜29を聖書個所として取り上げさせていただきました。本日はこの個所を通して、プロテスタントのサクラメントの一つ、聖餐について色々と学んでいきたいと願っています。
  さて、本日の聖書個所、コリントの信徒への手紙一11:23〜29は、パウロが「主の晩餐」が制定された次第を人々に想い起こさせて勧告を行っている場面です。当時、人々は主の日、すなわち日曜日だけでなく、週日の夕方にも個人の屋敷に集まって、「主の晩餐」、すなわち聖餐を守っていました。今でこそ聖餐は礼拝の中で儀式のような形で執り行われていますが、当時の聖餐は、「主の晩餐」という言葉に言い表されているように、普通の夕食と一緒に執り行われたのです。人々は各自、自分が食べたり飲んだりするものを持参して来ました。そうして、パンを取り、神様に感謝を捧げ、パンを裂き、パンを配る。そして実際の食事をする。食事の後にワインを取り、神様に感謝を捧げ、ワインを回し飲みするという形の「主の晩餐」、聖餐を執り行っていました。
  けれども、コリントの教会では、こうした「主の晩餐」にある問題が起こっていたのです。それは、裕福な人々の、貧しい人々に対する無配慮の問題でした。裕福な人々は長時間働く必要がなく、それゆえ、早くに「主の晩餐」に集うことができたのですが、何と彼らは、長時間働かなければならなかった貧しい人々を待つことなく、自分たちだけで勝手に「主の晩餐」を始めてしまっていたのです。そのために、貧しい人々が長時間の労働から解放されてようやく「主の晩餐」に駆け付けてみると、もう既に酔っぱらっている人もいて、「主の晩餐」が半ば終わってしまっているというような有り様でした。こうして、「主の晩餐」のたびに、貧しい人々が疲れと空腹、寂しさと疎外感を味わわされていたのです。こうした裕福な人々の無配慮は、教会の交わりを根底から危うくするものに他なりませんでした。それゆえ、パウロはこうした裕福な人々の身勝手が「主の晩餐」を有名無実とするばかりでなく、教会が「神の教会」であることを無視し、貧しい人々に恥をかかせることになると厳しく叱責しました。そうして、本日の聖書個所、23〜26節で、イエス様が「主の晩餐」を制定された時のことを人々に思い起こさせて、人々を原点に立ち帰らせようとしたのです。
  イエス様が「主の晩餐」を制定されたその目的は、「わたしの記念として」、すなわち、イエス様の十字架、そこで裂かれたイエス様の御体と流されたイエス様の御血を想い起こすために他なりませんでした。今、私は「想い起こす」と言いましたが、それは決して、単に過去の出来事を思い出して懐かしむというような弱い意味のことではありません。それは過去の出来事を今の私に関わる出来事として追体験するというような強い意味のことであり、イエス様の十字架の出来事を、今の私を救う贖罪の出来事として味わうという意味のことです。このように、人々が、他でもない今の私に関わる出来事として十字架の恵みを心に刻み付けるために、そうして神様にふさわしい応答を為していくようになるために、イエス様は「引き渡される夜」、最後の晩餐の席で「主の晩餐」を制定なさいました。御自分を犠牲にしてまですべての人々をお救いになったイエス様の十字架の出来事の光の下に、コリントの教会の人々の「主の晩餐」の守り方を見る時、これがいかに自己中心的なものであり、本来の意図から外れたものであったかを思い知らされます。
 「主の晩餐」は、イエス様の十字架の愛を心に刻み付け、この愛にふさわしい応答を為していくためのもの。パウロは23〜26節で、イエス様が「主の晩餐」を制定された時のことを人々に思い起こさせて、このことを改めて確認しました。そして、「ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだり」しないよう、自分が神様の愛にふさわしい応答を為しているか自己吟味をしっかりした上で「主の晩餐」に与るよう、人々に訴えたのです。主の晩餐において、イエス・キリストの愛にふさわしく、貧しい人々が惨めな思いをすることがないように、人々が愛を持って持てる物を互いに分かち合うようになることこそ、パウロの願いでした。
  さすがに今の私たちには、聖餐の形が実際の食事の形式から今の儀式的な形式に変わったということもあって、誰かが誰かを差し置いて飲み食いしているということはありえませんが、聖餐のたびにこれほどの愛、これほどの犠牲の末にイエス様が私たちの罪を贖ってくださったのだということを心に刻んでいきたいと願います。そして、自分が神様の愛にふさわしい応答を為しているか、しっかりと自己吟味していきたいし、さらには、教会の分かち合いの精神を改めて心に刻んでいきたいと願います。奇しくも、先週は、神様の御言葉に信頼し、ただキリストを求めて歩む者は、決して飢え渇くことはなく、命を養う糧は必ず与えられるという聖書のメッセージを前に、世界の食糧問題について考え、すべての資源を分かち合う生き方をするよう、そうしてこの世にある欠乏と死に皆で打ち勝っていくよう、私たちは神様に召されているのだということをお話ししました。今週は分かち合いと言いましても、少し違った角度から考えてみたいと思っています。それは、痛みや重荷の分かち合いに他なりません。
  先程、私は、聖餐のたびに自分が神様の愛にふさわしい応答を為しているか、しっかりと自己吟味していきたい、そうして、教会の分かち合いの精神を改めて心に刻んでいきたいということを申し上げましたが、私たちが分かち合うのは、決して愛だけではないと私は思います。同じ主にある家族として、私たちは日々の生活の中で生じてくる痛みも重荷も共に分かち合うように神様に召されていると私は信じています。
  しかしながら、ここで私たち自身について振り返ってみれば、私たちはどれほど人と痛みや重荷を分かち合おうとしているでしょうか。私たちが生きているこの社会は過剰な競争社会であり、脇目も振らずに業績を上げることばかりが求められる社会です。そうした中で、私たちは、人の痛みや重荷を分かち合うことに対して、「止めときなさい。深く関わると面倒なことになるよ。自分の足を引っ張られることになる」と、敬遠する気持ちを抱きがちではないでしょうか。また、痛みや重荷を抱えている側も、「人に迷惑をかけてはいけない」とか、「人に自分の痛みや重荷を打ち明けるのは恥ずかしい」とか考えて、「大丈夫。何でもない」と、自分一人だけで問題を抱え込もうとしがちではないでしょうか。関西にいた頃は、腹を割って本音をぶちまける文化なのか、まだ人が痛みや重荷を吐露してくれることがあったのですが、東京は気を使って本音をぶちまけないのが文化なのか、痛みや重荷を打ち明けてくれることが少ないので、余計にこうしたことを感じます。こうした中で、結局誰からも手を差し伸べられることなく、助けを求めることもなく、それぞれがそれぞれの痛みや重荷を抱え込んで、一人で生きているのが私たちの日々の有り様のように私には思えてなりません。しかしながら、そのような孤独な生き方では、私たちはどこかで行き詰まってしまうのではないでしょうか。神様は創世記1:18で、たった一人で生きていたアダムを見て、「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」と仰いましたが、人は一人では生きられず、人生を過ごしていくには、痛みや重荷の分かち合いが必要不可欠なのだと私は思います。
  痛みや重荷の分かち合い。このことを思うにつけ、私は大学院時代、臨床牧会訓練の指導教官が話してくれたある話を思い出します。大学院時代、牧師を目指す学生は、苦難の中にある人への牧会を訓練するために、病院で患者を一人受け持って心のケアを行う臨床牧会訓練というカリキュラムを履修するのですが、これから実際に患者を訪問していくに当たって、当時の指導教官は私たちにこんな話をしてくれました。
 自分がアメリカで病院のチャプレン(病院付きの牧師)をしていた頃、ある青年が交通事故で運ばれてきた。ひどい怪我で、懸命に手術が行われたけれども、その青年は亡くなってしまった。その青年の母親はひどく取り乱して、病院のソファの上で泣きわめいたが、自分は何と声をかけてよいか分からず、ただじっと彼女のそばに居続けた。それは本当に辛い時間だった。けれども、数時間が経った時、彼女はようやく平静を取り戻して、静かに、「ありがとう。そばにいてくれて……」と言ってくれた。これから患者を訪問していく中で、皆には何と声をかけて良いのか分からない場面に一杯出くわすだろう。自分の無力さを思い知らされる経験を一杯するだろう。けれども、何もできなくても、そばに居続けることが、doingではなくbeingが大きな励ましになり、力になることを知っておいて欲しい。
  当時の指導教官が語ってくれたこの話は、今も私が苦難の中にある人に寄り添っていく上での大切な心得になっているのですが、痛みや重荷の分かち合いとは、こうしたbeingの力に信頼して人を励まし癒す牧会の業に他ならないのではないでしょうか。私たちの人生には様々な苦難があり、私たちは様々な痛みや重荷を荷いながら人生を歩みます。けれども、そばに寄り添う人がいてくれたなら、そうして痛みや重荷を分かち合う人がいてくれたなら、私たちは魂の充足と生きていく大きな勇気を与えられます。実際、私は昨年の5月に結婚して妻を得て、そばに寄り添い、痛みや重荷を分かち合ってくれる存在がどれほどありがたいか、人生にとって貴重かを思い知らされました。こうした仲間を、私は教会においても増やしていきたいのです。イエス様は十字架を担うことによって、私たちの痛みや重荷のすべてをその身に引き受けてくださり、神様の大きな祝福を与られました。イエス様に従う私たちは、どのような時にもそばに寄り添うbeingによって人の痛みや重荷を分かち合い、神様の大きな祝福に与るよう召されています。
  聖餐のたびに、自らが抱える痛みや重荷をテーブルの上に置きましょう。これらを分かち合い、一緒に歩んで行く群れとして、家族として、この東京府中教会を皆で一緒に建てていきたいと願います。

 
 
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