「愛は何ものにも勝る」
（マルコによる福音書 16章1〜8節)
北村　智史

　マルコによる福音書の復活の記事は、他の三つの福音書の記事とは著しく異なっています。そこには、復活されたイエス様が弟子たちに実際に姿を現していく記事が記されていません。マルコによる福音書16：9以下に記されている「結び一」、「結び二」と小見出しが打たれている物語は、実はこうしたことに違和感を覚えた人々が後の時代になって付け加えたものと現代では考えられています。ですから、本来のマルコによる福音書は、標記の聖書個所(16：1〜8)で唐突に終わっていたのです。では、なぜマルコによる福音書は、空の墓での復活の告知と婦人たちの逃亡の記事でいきなり終わってしまうのでしょうか。
　 この意味について、色々な人が色々なことを考えてきました。そして、現在では、このように突然やって来る福音書の終わりには、記者の意図的な仕掛けが込められていると考えられるようになりました。ここまでマルコによる福音書を読んできた人々は皆、ここで福音書記者からボールを投げられるのです。「さあ、この先は他でもないあなたが自分で動いて、若者が告げたことを実際にやってみなければならない。墓にいた者たちも、またいなかった者たちも、信仰を持って応答しなければならない。婦人たちは、恐怖のあまり誰も何も言わなかった。十字架の死を最後まで見守った勇敢な彼女らでさえ、復活の知らせには震え上がってしまった。しかし、そのままで良いのか。黙ったままでいたなら復活の知らせは伝わらないのだ。どうするのか。他でもないあなたがた一人ひとりが復活の証人として召されているのだ。さあ、行きなさい」。マルコによる福音書の記者は、お話の最後に読者一人ひとりにこのように呼びかけます。そして、「ガリラヤ」で、すなわち日常生活の場で、復活のイエス様に出会うよう、そうして、復活のイエス様と共に生きていくよう、私たち一人ひとりを招くのです。
　願わくは、イースターの今日、私たち、日常生活の場で諸手を広げて私たちを待っておられる、そうして生きて働いていらっしゃる復活の主に従っていく決意を新たにしたいと思います。
　 復活の主が諸手を広げて私たちを待っておられるという日常生活の場。そこは、決して地上の楽園ではありません。私たちの罪が溢れている所です。このことを裏付けるように、テレビや新聞を見れば、そこには私たちの罪が生み出す悲惨な現実が連日のように報道されています。
　 日々のニュースで明らかになるどうしようもない私たち人間の罪。けれども、聖書はそのような罪の充満にもかかわらず、神様がこの世と私たちを見捨てず、恵みと憐れみを持って粘り強く御自身のもとへ招き続けて来られたということを伝えています。聖書は、そのように語ることによって、残酷極まりないこの世の現実を熟知しつつも、しかし最後に残るのは「罪」ではなく「愛」であることを告げようとしているのです。復活とは、罪の力がどんなに支配的な力を振るおうとも、最後の最後に成就するものが悪意や憎しみや破壊ではなく、愛によって成り立つ世界であるというイエス様の福音を神様が肯定されたことを告知する出来事に他なりません。
　 この世にあっては、人間と人間の信頼を打ちのめすような出来事、愛を破壊するような事件が、何度も何度も、それこそ絶望的なほどに繰り返し繰り返し起こります。他でもないイエス様御自身が、これらのことを嫌というほど経験されました。しかし、それに挫折してはならない、絶望してはならない、投げ出してはならないと教えてくださったのもまたイエス様御自身です。そして、神様はイエス様を蘇らせることによって、愛は何ものにも勝るという事実を決定的な形でお示しになりました。
　 日々のニュースを見れば明らかなように、悲惨な罪の現実は私たちの日常生活の場で様々な形で繰り返されています。そして、私たちに向かって繰り返し次のような問いが投げかけられています。「このような罪と悪の現実の中で、あなたは最後に残るものはいったい何であると信じますか。そして、あなたはどのように生きるのですか」。このような問いに対し、キリスト者は「それでもなお、最後に残るものは愛である」と答えます。この答えこそ、「主の復活を信じる」という私たちの信仰の内実に他なりません。いかに世界が絶望的に見えようとも、神様の恵みと憐れみに信頼し、言葉と思いと行いによって神様の愛を証しすることを通して、私たちは自分が「主の復活を信じる」者であることを証ししていきます。そして、来るべき世界が「サタンの国」ではなく、「神の国」であることを証しし続けていくのです。
　 私たちの日常生活の場を先立ち進み行かれる復活の主イエス様。このイエス様に従って、愛によってそこに広がる罪を打ち砕いていきましょう。必ずや成し遂げられるという希望を持って、イエス様と共に、この世界に「神の国」を打ち建てていきたいと願います。