2021年 4月2日(金) 受難日・夕礼拝
 

「他人は救ったのに、自分は救えない」
 マタイによる福音書 27章32〜56節 
北村 智史

  今日は受難日の夕礼拝を神様にお捧げしています。2月17日の灰の水曜日から始まったレントも、今日がピークと言えるでしょう。この受難節の間、私たちはイエス様の御苦しみを覚えて過ごして参りました。十字架というこの世の最も悲惨な姿を取られて亡くなられた、そして、私たちの痛みや弱さを知り尽くされたイエス様。そのイエス様が、今も救いが成る日まで私たちを懸命に支え、導いてくださっている。そのことを覚えて歩んできた毎日だったと思います。今はまだ新型コロナが猛威を奮い、世界中が苦難の中を歩んでいますが、十字架の主が私たちと共にいてくださっている。そのことをしっかりと覚えて、これからまだしばらく忍耐の日々を過ごして参りたいと存じます。
  さて、受難日の今日は聖書の中からマタイによる福音書27:32〜56を取り上げさせていただきました。まさにイエス様が十字架につけられる場面です。これを読みますと、十字架という処刑方法がどれほど残酷なものであったかがよく分かります。
イエス様の時代、ローマ帝国では様々な処刑方法が用いられていましたが、その中でも十字架刑というのはとりわけ重大な犯罪者や奴隷に対して用いられた方法でした。イエス様はユダヤ人たちの企みによって、ローマ帝国に反乱を企てたという重い罪を被せられて十字架刑に処せられたのです。当時のローマ帝国では反逆者への仕打ちは残酷で、十字架で処刑される者は身に着けた最後の衣服まで?ぎ取られ、罵声を浴びせられながら、人間としての尊厳をむしり取られて殺されていきました。その死に方は本当に悲惨です。手足を釘打たれ、自らの重みで徐々に窒息していくのです。十字架刑というのは、こうした延々と続く苦しみを人々にさらすことによって人々に対する見せしめ的な効果を狙った処刑方法でもありました。
  イエス様はこのような最悪と言える死に方をすることで、この世の最も惨めな者だけが味わう最低限の極みまでへりくだられたのです。それらはすべて私たちの罪の贖いのためでした。
  また、今日の聖書個所を読みますと、イエス様が十字架につけられた時、その周辺には実に色々な立場の人がいたことが分かります。刑を執行するローマの兵士たち、たまたまその場にめぐり合わせたシモンというキレネ人、イエス様と共に十字架につけられ処刑される二人の囚人、大勢の見物人、イエス様に敵対する祭司長、律法学者、長老たち。こうした人々の間から、十字架上で苦悶するイエス様に向かって罵倒の言葉が投げつけられました。「神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い」、「他人は救ったのに、自分は救えない」。
  こうした罵倒の言葉について、ある聖書の注解者はこんなことを語っています。「十字架につけられた無力な神の子、自分を救えない救い主……。しかし、イエスに投げつけられたこのような罵倒の言葉こそ、実はこの方がどんな方だったのか、どのような救い主であったのかを、如実に言い表している言葉であったとは言えないだろうか。たしかに私たちの主は『自分を救えない方』であり、『自分を救わない方』であった。イエスは『他人を救う方』として生き、そしてそのために死んだのである。主が『他人を救い、自分も救う』という道を選んでいたとしたら、おそらく十字架の出来事までには至らなかったことだろう。しかし、そうであったとすれば、主はこの世の最も低みに置かれた人々、最もみじめな者たちをも救いうる存在とまではなりえなかったはずである。『他人は救ったのに、自分は救えない』この罵倒の中にこそ、私たちの主の本質、その恵みが如実に示されている。」
  鋭い洞察だと思います。自分を犠牲にして他人を救われる主、自分よりも他人を徹底して優先される主。ひるがえって、私たちはこの主に従う生き方をしているでしょうか。このことを思う時、他人を押しのけてでも自分のことを優先してしまう自己中心的な自分がいることに気付かされます。
  確かに、私たちにはイエス様と同じことはできないのかもしれない。文字通り他人を救うために自分の命を犠牲にすることなどできないのかもしれない。けれども、イエス様に従う身として、せめてマザー・テレサの言うように痛むまで他人を愛するということはしていきたいと思うのです。
  受難日の今日、私たちの救いのために自分を救うことを拒否された十字架の主のお姿をしっかりと心に刻み付けましょう。そうして、痛むほど愛する犠牲愛の精神をイエス様から受け継いでいきたいと願います。
                   祈りましょう。  ――以下、祈祷――

 
 
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