2020年10月18日(日) 聖霊降臨節 第 21主日礼拝説教
 

「自助は共助、公助の中でこそ」
 テサロニケの信徒への手紙一 4章9〜12節 
北村 智史

  皆さんは自立した人というと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。何でもかんでも一人でできて人に頼らない、人の助けなんかなくても生きていける人、そういうイメージでしょうか。私もかつてはそのように考えていたこともありました。そして、何か人に助けてもらわないといけないようなことになった時に、「ああ、自分はちっとも自立できていないなあ」と、そんな自分を恥ずかしく思ったこともありました。けれども、今では少し違った考えをしています。
  そんな完璧な人はいない。皆何がしかの弱さや欠点を抱えていて、人に助けてもらいながら生きている。一人で生きている人なんていないし、そんなことをする必要もないんだ。本当に自立した人というのは己の弱さや欠けを素直に認められる人で、それらを把握したうえで、助けてもらうべき時に「助けて」と言える人のことを言うのだ。今ではそんな風に考えています。
  実は私のこの考えは他人の受け売りでして、私がスタッフとして関わっている東日本ユースキャンプの講師に来てくださった先生がキャンパーの学生たちにそのようにお話しされていたのでした。先生のお話を聞くまでは、他人の助けを借りるなんて恥ずかしいことだ、自立していない証拠だと考えていた私にとっては目からうろこでした。先生のお話の文脈からすれば、自分の弱さや欠けを認められず、いつも強がって「助けて」と言えない人こそ自立していない人なのでしょう。願わくは今の子どもたちが、自分の弱さや欠けとしっかりと向き合い、それを補い合える豊かな人間関係を形作って成長していってくれることを望みます。そうして、皆で支え合いながら生きていって欲しいと思います。そして、今日は、人は助け合いの中でこそ豊かに独り立ちして生きていくことができるのだ、そんなお話をしていきたいと考えています。
  さて、先程お読みいただきました聖書個所は、テサロニケの信徒への手紙一4:9〜12に他なりません。このテサロニケの信徒への手紙一を読んでまず気づかされるのは、パウロがこのテサロニケの教会の人々をほめちぎっているということでしょう。こうしたことから、このテサロニケの教会が当時非常に優秀な教会、模範的な教会だったことが良く分かります。では、どういう点で、この教会は優秀だったのでしょうか。
  実はこの教会は、事情があってパウロたちがおれなくなった後も、迫害の中でしっかりと信仰を守り、立派に福音を証ししていました。そして、その地域のすべての信者の模範となっていたのです。実際、今日の聖書個所を読んでも、「兄弟愛については、あなたがたに書く必要はありません。あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです。現にあなたがたは、マケドニア州全土に住むすべての兄弟に、それを実行しています」と記されていまして、私たちはこのテサロニケの教会の人々が苦難の中にもかかわらず、他の教会の人々を力強く支援していた様子をはっきりと知ることができるでしょう。
  この手紙を書いたパウロは、そんなテサロニケの教会の人々にさらにこんな風に語っています。「しかし、兄弟たち、なおいっそう励むように勧めます。そして、わたしたちが命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。そうすれば、外部の人々に対して品位をもって歩み、だれにも迷惑をかけないで済むでしょう」。パウロのこの言葉を読めば、私たちはやはり自分の必要を自分で満たし、誰にも迷惑をかけないで生きていくことが自立であって、聖書もそのような意味で自立せよと教えているのだと考えてしまうのではないでしょうか。
  しかし、聖書の注解書によれば、パウロのこの言葉は終末が近いと考えて、それだったら働く意味はないだろうと考えて仲間の施しに依存し、怠惰な生活をしていた、ある特定の信者に向けて語ったものだそうです。ですから、パウロのこの言葉だけを捉えて、「ああ、聖書は何でもかんでも一人でできて人に頼らない、人に迷惑をかけない、人の助けを借りることなくむしろ人を助けることのできる人になることを一般的に教えているんだな。それが自立ということなんだな」と考えるのは早計のようです。むしろ初代教会の時代というのは、人が、今流行りの言葉で言えば自助だけで生きていく、自分一人だけで己を助けてすべての必要を満たし、生きていく、そんなことが非常に難しい時代でした。共助がなければ、人と人同士の助け合い、支え合いがなければとてもではないがやっていけない、そんな時代だったのです。だからこそ、初代教会の人々はこんな暮らしをしていたと使徒言行録2:44〜47には記されています。お読みしましょう。「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していた」。これが初代教会の人々の暮らしです。
  テサロニケの教会の人々はこうした結び付き、兄弟愛が特に強かったのでしょう。確かに中には誤った終末思想からそれに依存してしまう人もいましたが、全体としてはこうした共同体の助け、共助を受けて一人ひとりがしっかりと独り立ちすることができ、さらには他の教会の人々を支援する豊かな業まで行うことができたのです。そんな今日の聖書個所を前に思わされるのは、人は共助、公助の中でこそ豊かに己を助け、他人に手を差し伸べて生きていくことができるのだということに他なりません。
  今、日本では総理大臣が交代し、菅義偉さんが新しい総理大臣になられました。その菅総理が繰り返し口にしているのが「自助・共助・公助」です。9月16日夜の就任会見で、菅総理はこう述べられました。「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして絆であります。まずは自分でやってみる」。しかし、この「自助がダメなら共助、共助がダメなら最後に公助」という菅総理の考え方ですね、「自助というダムが決壊して初めて共助を行う、それでもだめでその共助というダムが決壊したら最後の手段として公助を行う」ということで「ダム決壊論」と言われていますが、こうした「ダム決壊論」は現場からすると空論であると、長年ホームレス支援に携わって来られた奥田知志牧師は朝日新聞の中で述べておられました。
  「本当の意味で自助を大切にするには共助、公助が並行し、三つが一つになって支えていかなければならない。長年、路上で暮らすホームレスの生活再建を手伝ってきたが、そうした人にとって「まずは自助で」と言われても、ハローワークで登録する住所さえない。「『家はなんとかしよう』という公助が最初のセーフティーネットとしてあり、次に共助で地域が受け入れ、自助が生かされるのだ」。奥田さんはそう指摘しておられます。私はこれを読んで、本当にそうだなと思わされました。
  菅総理の持論が声高に叫ばれて、「困っても、とりあえず自分で何とかしろ」という自己責任論が社会の中に広がっていかないか、不安を感じます。そんな自己責任論は助けないための言い訳でしかありません。結局、菅総理は共助、公助の予算を削減したいからそう言っているに過ぎないのではないでしょうか。本当に自助を大切にするためには、共助、公助が並行して存在していなければならない。これが現実です。もし総理が、人が自己責任を取って生きていく社会を本当に実現したいなら、共助も公助も最初から必要なのです。共助と公助があるから、自己責任、すなわち自助が成立するのです。
  願わくは、神様がこの国の指導者を豊かに導いてくださいますように。何もかも自分で何とかさせられる、国や共同体がぎりぎりのところでの必要最低限の支援しかしてくれない、そんな冷たい社会はまっぴらごめんです。溢れるほどの公助、共助の中で人が生き生きと生きていく、豊かに己を助け、他人を助けて生きていく、そんな温かな社会を皆で一緒に打ち建てていきたいと願います。
          祈りましょう。  ――以下、祈祷――

 
 
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