2021年 7月 11日(日) 聖霊降臨節 第 8主日・礼拝説教
 

「神様はまだ話しておられる」
 テモテへの手紙二 3章 14〜17節 
北村 智史

 先月の11日は、東京タワーの近くにある浄土宗の増上寺で東京同宗連の総会が開かれました。毎年、東京同宗連の総会では議事の後、記念講演の時が持たれるのですが、今年はフリーアナウンサーで記者の藪本雅子さんを講師としてお招きし、「誰一人取り残さない社会へ」と題して講演をしていただきました。この藪本さんは、長年ハンセン病問題に関心を持って取材をして来られた、そして人権問題に携わって来られたという経験を持った方で、2019年には人権擁護功労賞特別賞を受賞しておられます。
  華やかに見える「女子アナ」の世界の裏側で不安や孤独に打ちのめされていた毎日。そんな時に藪本さんはハンセン病問題に出会い、自分を変えようと体を張って報道現場に飛び込んだと言います。ハンセン病差別を紐解いていくと、日本社会の中で今も差別を恐れて沈黙を強いられている多くの人たちの姿が浮かび上がって来たそうです。日本の伝統、常識だと思っていたその価値観で誰かが深く傷ついてはいないか。誰一人取り残さない社会を作っていきたい。講演ではそうしたお話を伺いました。
  こうしたお話の中で最も私の印象に残ったのが、宗教は差別に加担してきたのではないかという藪本さんの問いかけです。ハンセン病においては、仏教を初め色々な宗教で「天刑論」というのが展開されました。ハンセン病患者は前世に悪いことをして罰を受けたその結果なのだ。そしてその結果が因となって来世に地獄に堕ちる。そういう心ない業論がハンセン病患者に対して投げつけられたのです。こうした業論は女性や被差別部落民、障がい者に対しても投げつけられました。こうした人々を穢れた存在、罪深い存在と見なしてきた歴史が宗教にはあります。
  講演ではその他にも、女性は生まれながらにして「梵天王、帝釈天王、魔王、転輪王、仏になれない障りを持っている」、そして女性は「幼い時は親に従い、結婚すれば夫に従い、老いては子に従わなければならない」、つまり女性は男性に無条件に従わなければならない存在であるという仏教の「五障三従」(ごしょうさんじゅう)の教えや、女性はいったん男性に生まれ変わらなければ仏になれないとする「変成男子」(へんじょうなんし)の思想などが指摘されていました。
  藪本さんは仏教に詳しく、講演の中では主に仏教の中にある差別思想を指摘しておられましたが、こうした藪本さんのお話を聞きながら、「しかしそれは決して仏教だけの問題ではない。私たちキリスト教も心して聞かなければならないお話だ」と襟を正される思いがいたしました。
  ハンセン病問題に関しては、キリスト教の中においても「天刑論」が展開されましたし、聖書の中に、たとえばパウロ書簡など、激しい女性差別の文章が出てくるのは皆さんもご存じのことと思います。「婦人たちは教会では黙っていなさい」、「婦人たちは従う者でありなさい」、「婦人が教えたり、男の上に立ったりするのを、わたしは許しません」などなど、口にするのも憚られるような文章が聖書にはたくさん出てきまして、信じられないことですが、現代のこの時代でもこうした聖書個所を根拠に女性教職に反対する人がいます。その他にも、聖書にある差別ということで思い浮かぶのはレビ記です。障がい者や同性愛者に対する差別と思える言葉が随所に出てきますし、何と言っても浄・不浄の概念ですね、人に対しても穢れをつける、それは何とひどい差別だろうと思わされます。
  「キリスト教は愛の宗教だから、そこに差別はない」などとは絶対に言えない現実が確かにあります。そうした現実に対し、私たちは真摯に向き合っていかなければならない。藪本さんの講演を聞いて改めてそう思わされました。宗教というものが人間の営みである以上、いずれの宗教の中にも差別が入り込んでくるわけですが、それが聖書など、経典の中に入り込んでいるというのが問題をさらに厄介にしているように私には感じられます。そういう訳で、今日は差別的な文言も出てくる聖書のその読み方について皆さんと一緒に考えていきたいと願っています。
  さて、そんな今日は、聖書の中からテモテへの手紙二3:14〜17を取り上げさせていただきました。ここには、私たちが経典、正典として持っている聖書について、とても大切な御言葉が記されています。15節後半と16節を引用しましょう。「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です」。聖書に書かれているのは、「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵」である。そして、聖書は人が書いた書物だが、にもかかわらず、それは「すべて神の霊の導きの下に書かれた」神の言葉であると、そのように記されているわけです。私たちが聖書を一般の読み物と区別して信仰の、また人生の拠り所とする理由は、ここにあります。私たちは聖書を通して神様の啓示を与えられ、イエス・キリストに対する信仰を与えられ、さらには信仰と生活の規範を与えられるのです。
  しかし、私たちはここで気をつけなければなりません。先程私は、聖書は神の言葉であると言いましたが、それは決して聖書というものが人の批判を全く許さない、何の誤りもない完全無欠の絶対的な書物であるという意味ではないのです。神の霊の導きの下に書かれたとは言え、聖書が人間の手によって書かれたものである以上、そこには当然その時代の制約というものがかかってきます。現代ではとても受け入れられないようなことも聖書に書かれているのはそのためです。激しい女性差別の言葉や、障がい者、同性愛者に対する差別の言葉、また異民族、異教徒に対する戦争、殺人を聖戦として肯定する言葉など、こうした言葉を、私たちは現代においてどのように受け止めたら良いのでしょうか。こうした言葉をもそのまま神様の真理として受け止めるのはとても危険なことです。
  このことに関連して聖書学者の小友聡先生は、『洗礼を受けるあなたに』という著書の中で、日本基督教団信仰告白の言葉、すなわち「聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神の言にして、信仰と生活との誤りなき規範なり」という言葉を引用して、「これによれば、聖書は誤りのない『規範』とされますが、現代を生きる私たちにとっても聖書は規範となりうる」と述べつつも、「ここで大事なことは、『規範』は無時間的な確固不動の規範ではないということです」と釘を刺しておられます。「2000年前の規範をそのまま現代の規範としても無理があります。規範はその都度、世界の時代状況において吟味されなければなりません」と、そのように述べておられるのです。そして、現代において問題となる聖書の箇所は、聖書全体の文脈から再解釈するということを提言しておられます。聖書全体を流れているのはイエス・キリストのことである。そのイエス様の生き方から問題となる聖書箇所を再解釈すると言うのです。
  たとえば異民族、異教徒に対する戦争、殺人を聖戦として肯定する言葉について考えてみましょう。聖書、特に旧約聖書にはこうした言葉がたくさん出てきますが、しかし新約聖書も視野に入れるなら、こうした部族主義、民族主義を乗り越えるためにイエス様が世に来られたことが良く分かります。イエス様の十字架と復活の出来事は、ユダヤ人という民族的枠組みを超えてすべての人を救われる越境神、超越神の存在を指し示しているのであり、旧約聖書などに記されている民族主義を他でもない神様が乗り越えられたことを示唆しています。また、イエス様は「善いサマリア人の譬え」を用いて、律法学者の「隣人とは誰か」という心無い問いを切り返し、「行って、あなたも同じようにしなさい」と諭しました。傷ついた旅人を助けたサマリア人のように、異なる民族や宗教を敵視せず、隣人として受け入れる寛容が現代において必要とされているのであり、聖書全体を視野に入れるなら、これこそが神様の御心であると言うことができるでしょう。
  激しい女性差別の言葉や、障がい者、同性愛者に対する差別の言葉についても、聖書において小さな者の側に立たれたイエス様の姿勢が「信仰と生活との誤りなき規範」となるはずです。社会の中でマイノリティ(抑圧されている人々)が差別されているその状況を受け止め、そのような人たちをこそイエス・キリストは今日も無条件で優先的に招いておられるという聖書の読み方をしなければなりません。
  このように、現代の文脈を踏まえながらイエス様に焦点を当てる時、聖書の向こうから新しい神様の御言葉が聞こえてくるはずです。大切なのは、聖書が文字として書かれた時点で、神様が私たちに対する語りかけを終えられたのではないということを知ることでしょう。”God is still speaking!”「神様は今もまだ話しておられる。」マイノリティを差別・抑圧してきた過去の罪をしっかりと受け止めて、多様性を認め合い、開かれた教会を形作っていかんとしているカナダ合同教会のスローガンです。今日改めてこの言葉を、私たちの教会のスローガンとしていきたい。聖書の過去の解釈を絶対的なものとして固定化することなく、常に新しい解釈を求めていきたいと願います。差別に加担してきた宗教の誤り、また宗教の中にある差別をしっかりと受け止めて、それを乗り越えていく神様の御言葉を皆で一緒に見出していきましょう。
         お祈りをいたします。  ――以下、祈祷――

 
 
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